多くの人が耳にしたことがある言葉「風邪に葛根湯」もしくは「風邪の引き始めには葛根湯」はもちろん間違いではありません。でも、その風邪は本当に葛根湯で良くなるのでしょうか。風邪の症状は人によって様々で、発熱する、寒気がする、くしゃみ、鼻水、頭痛、喉の痛みなど、その症状は多岐に渡ります。
西洋医学において風邪を引く原因は外界にある微生物が体内に入り込むことによって、体にある免疫力が落ちることで引き起こされることにあります。免疫力が高い人は外界から体内に微生物が侵入しても自分の免疫力で跳ね返すことが出来るため、症状が起こることはなく健康でいられます。しかし、免疫力が低い人(特に子供や高齢者)は微生物を跳ね返す力が弱いため、症状が引き起こされるということになります。
中医学においては原因を「外因」「内因」「不内外因」の3つに大きく分けます。
外因はいわゆる環境因子で自然の中に現れる気候に該当します。気候の変化で体調を崩す場合があるのは、まさにこの外因の影響と考えます。内因は精神状態を表し、精神的な影響で体調を崩すと考えます。不内外因は外因、内因の両方に属さない場合で、例えば食生活や過労、疲労、微生物などが該当します。
では、葛根湯が風邪に効く理由を考えてみましょう。そのためには葛根湯の中身について知る必要があります。ここでひとつ注意したいのが、生薬は方剤(漢方薬)の種類によって、その時々で役割(作用)が異なります。その生薬が常にその薬効を示すという考え方ではありません。
ちょっと分かり難い表現ですね。詳細は割愛させて頂きますが、主薬である葛根は発汗作用があり、構成生薬の麻黄にも発汗作用があります。つまり、汗を出させることで熱を下げる作用が強いということです。寒気や悪寒はあるけれど、汗が出ていない場合に有効な漢方薬になります。すでに汗がダラダラと出ている場合に葛根湯を使用すると必要以上に汗が出てしまうため、低下した体力を更に消耗させてしまいますので、使用は好ましくありません。では、そういった場合には何を使用すればよいのでしょうか。
汗がダラダラと出ている場合には、汗を出させる生薬が入っていない漢方薬が適しています。例えば、桂枝湯(けいしとう)がその代表です。(厳密に言えば、桂枝にも発汗作用はあるのですが、葛根や麻黄に比べると発汗作用は弱いため、汗が出ている場合にも使用可能です。)また、桂枝と芍薬の組み合わせが発汗を抑制させる働きもあります。
葛根湯の構成と見比べてみると、桂枝湯は「葛根」と「麻黄」が抜けており、その他の構成は葛根湯と同じです。つまり、汗を出させる生薬が入っていないので汗が出ている人には適していることになります。主薬の桂枝は体表の気や血の流れを良くする働きがあるので、体を防御する作用があります。桂枝湯を服用した後は少量のお粥などを食べて体を温めてあげると更に薬の効果が高くなります。
その他の漢方薬では、銀翹散(ぎんぎょうさん)、麻杏甘石湯(まきょうかんせきとう)、小青竜湯(しょうせいりゅうとう)、藿香正気散(かっこうしょうきさん)、香蘇散(こうそさん)などがあります。これらの使い分けとしては、風邪(感冒)の分類を以下のように考えて、現在の状態(症状や体力の有無など)を判断して漢方を選択していきます。
≪銀翹散(ぎんぎょうさん)≫
喉の症状に効果の高い生薬が多く配合されているので、発熱はあるが悪寒が少なく、喉の渇きや喉の痛み、扁桃腺が腫れているような風邪に適しています。喉の痛みに対しては、初期の症状に対して適しています。
≪麻杏甘石湯(まきょうかんせきとう)≫
咳の症状に効果の高い生薬が多く配合されているので、咳の症状が強い風邪には適しています。ただし、麻黄が含まれている(麻黄は汗を出させる作用が強い)ので、汗が多く出ている場合には注意が必要です。
≪小青竜湯(しょうせいりゅうとう)≫
鼻の症状に対して効果の高い生薬が配合されているので、くしゃみや鼻水といった症状がある風邪に適しています。こちらにも麻黄が含まれているので、汗が多く出ている場合には注意が必要です。
≪藿香正気散(かっこうしょうきさん)≫
体内の湿邪(湿気により頭重感、手足が重だるいなどの症状を起こす原因)を除去する作用があるので、湿気の多い梅雨~夏場にかけての風邪に適しています。また、胃腸症状(下痢、嘔吐など)に対する生薬も配合されているので、胃腸型の風邪にも適しています。
≪香蘇散(こうそさん)≫
脾胃(食べ物の消化や吸収に関わる部位)の気滞(気が滞っている状態)を改善させる作用があるので、脾胃が影響する症状(食欲不振、胃痛、悪心など)がある風邪に適しています。発汗させる作用は弱いので、発熱や悪寒が強い場合にはあまり適していません。
風邪に使う漢方薬は葛根湯以外にも複数あることを知っている人はそんなに多くはないかと思います。風邪と言えど、その症状は人によって色々と異なっています。風邪を引いた時は、一度ご自身の症状を確認した上で、症状にあった漢方薬を選んで頂きたいと思います。今回、ご紹介した漢方薬はドラッグストアなどにも置いてあるのでご自身の判断で購入することは可能ですが、不安であれば漢方の専門家に一度ご相談してから服用することをお勧めします。
【参考文献】
菅沼栄(1996)『漢方方剤ハンドブック』菅沼伸監修,東洋学術出版社.
邱紅梅(2015)『わかる中医学入門』第十一版,燎原書店.
平馬直樹・兵頭明・路京華・劉公望監修(1995)『中医学の基礎』東洋学術出版社.
根本幸夫(2016)『漢方294処方 生薬解説-その基礎から運用まで』じほう.